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【インタビュー】 運輸労連 中央執行委員長 難波淳介氏

2022.07.28

「2024年問題」にどのように向き合うのか――。現在の物流業界の最大の課題はその一点に尽きるだろう。物流事業者、荷主企業などがそれぞれの立場から対応策を模索している中、〝働く側〟は何を見ているのか。トラック労働界を代表して運輸労連の難波淳介委員長に話を聞いた。(インタビュアー/西村旦・本紙編集長)

――コロナ禍でのトラック運輸産業の現状をどのように受け止めていますか。

難波 有難いと言ったら語弊があるかも知れませんが、トラック運輸産業は、荷種ごとで見ればコロナによる影響を受けたものの、人流や観光に比べると、総体としてのダメージは少ないものにとどまりました。もちろん、輸送需要としてはコロナ以前に戻り切っておらず、燃油価格の高騰といった課題はあるものの、生活や経済にとって必要不可欠な社会インフラとしての位置づけは間違いなく高まりました。コロナ発生当初は、ドライバーが配達時にアルコール消毒液を吹きかけられる、罵声を投げかけられるといった事例もありましたが、全体としては、物流やトラック運輸産業の重要性に対する認知が高まったと考えています。

「標準的な運賃」は必要ないのか?

――24年4月のトラックドライバーを対象にした時間外労働の上限規制開始まで2年を切りました。しかし、ドライバーの労働環境改善の〝原資〟となるべき標準的な運賃の届出率は5割弱にとどまっています。

難波 ご存知の通り、運輸労連は約4年前の18年12月、全日本トラック協会(全ト協)と労使が相協働して貨物自動車運送事業法の一部改正に取り組み、その中で標準的な運賃の創設が決まりました。当時、我々はトラック運輸産業にとって国が示す運賃、つまり標準的な運賃が間違いなく必要だと考え、その実現に向けて動いたわけです。

しかし、現状の届出率は半分以下にとどまっています。これは、標準的な運賃が必要だというのは我々の思い込みに過ぎず、もしかすると事業者自身は必要としていなかったのだと受け止めざるを得ない率です。もちろん、そうではなく、標準的な運賃という存在は必要なはずです。であるならば、残された時間の中でどのような働きかけをしていくべきなのか――。いずれにせよ、我々は感覚だけでモノを言うわけにはいきませんので、しっかりしたデータの裏付けの下に動く必要があります。

――先日の運輸労連の定期大会の挨拶で「標準的な運賃の届出とは、経営者として魅力ある賃金労働条件の構築に向けたメッセージだと受け止める」と発言されていました。

難波 事業法の一部改正によって実現した標準的な運賃や荷主対策の深度化は、あくまで24年3月までの時限措置であり、今後は期限延長や恒久化の必要性を含めて議論を重ねていく必要があります。そのためにも、標準的な運賃の届出率を高めていかなければならないわけです。届出率が7割、8割になれば延長や恒久化が必要だと強く主張できますが、仮に半数に満たないのであれば、そもそも事業者が標準的な運賃を求めていなかったと理解せざるを得ません。最低でもすべての都道府県で6割以上の届出が必要ではないでしょうか。今、運輸労連でも傘下の439単組に対して各社の届出状況の調査をお願いしており、早ければ8月中にも結果が明らかになります。

――今後、期限延長や恒久化に向けて動き出す場合、どのようなスケジュールになりますか。

難波 事業法の時限立法の部分を改正しなければならないので、当然ながら国会審議が必要です。その点を踏まえると、来年年明けの通常国会に改正案を提出しなければ時間的に間に合いません。つまり、年内にも届出率は6割以上に高めなければ、法改正に向けた環境は整わないことになります。届出率の引き上げについては、運輸労連としても各県連や単組を通じて積極的に働きかけをしていきますが、全ト協にもしっかり動いていただきたいと考えています。期限延長や恒久化に向けた取り組みでは、活動の足腰を強くするためにも、前回の法改正と同様、全ト協としっかり連携していきます。

〝命を守る改善基準告示〟であるべき

――厚生労働省の審議会で改善基準告示の見直しに向けた議論が続けられていますが、すでに素案が出されたハイ・タクやバスとは別に、トラックでは協議が難航しているようです。

難波 働き方改革関連法の立法の精神とは何なのか、いま一度その基本に立ち戻る必要があります。改善基準告示の見直しは、24年4月から始まる年間960時間という時間外労働の上限規制に向けた取り組みですが、一般則はあくまで720時間であり、我々の最終ゴールはそこだということを忘れてはなりません。そもそもの出発点は、長時間労働・低賃金によって低下してしまったトラックの魅力をいかに高めていくか、脳・心臓疾患の労災支給件数が13年連続ワースト1という汚名を拭い去るために、我々が何をすべきなのかであり、その意味で〝命を守るための改善基準告示〟であってほしいと思います。

――確かに、いまの議論の流れを見ていると、内容自体が本来の目的や趣旨から外れ、やや矮小化されている印象があります。

難波 守れない基準やルールをつくってもしょうがないという考え方もあるでしょうが、逆に「守らせなければならない数字」というものもあるはずです。現実が厳しいことは理解していますが、理想に向かってどのようなロードマップを描いていくかという視点を忘れてはならないと思います。その上で、議論のプロセスにおいて「当面の中間地点としてはこの時間で」という考え方あれば理解することはできます。しかし、「現実として、このレベルしか守れないだろう」という考え方であれば、受け入れることは難しくなります。

いま、世界的にドライバー不足が進み、米国や英国では実際に物流が止まる事態さえ起きました。日本においても今後、ドライバー職の魅力を高めない限り人材を呼び戻せないとするならば、我々は今、何をすべきなのか――。2050年、2100年に向かっていかにバトンを渡せるか、という視点に立って議論をしていくべきです。

――〝選ばれる〟職業であるためには、常に他産業との比較を意識することも忘れてはいけません。

難波 同じ960時間である建設業は最近、働き方改革の取り組みが進み、徐々に人が集まりやすくなっているとも聞きます。つまり、トラックは他産業との比較において、魅力が低下している可能性もあるわけです。そこに対する危機感は常に持っておく必要があります。

転換点を迎える23春闘

――23春闘について伺います。諸物価の上昇が続いていることに加え、「2024年問題」を1年後に控えたトラック運輸産業にとって、かなり重要な意味を持つ春闘になると思います。

難波 物価上昇分をどう見るか、ということに尽きると思います。今後、連合で春闘方針をつくりあげていく中で、間違いなく大きな議論になっていくでしょう。デフレ経済下において運輸労連を含む多くの産別や組合が長らく物昇分を外してきたことを考えると、改めて要求額のロジックを組み立て直す必要が生じる可能性があります。その意味では、大きな転換点を迎える春闘になるかもしれません。

足元の物価上昇率は2%台前半ですが、生鮮食料品の値上げ分を含めればもっと高くなるはずです。また、菅前総理がスマホ料金の値下げを実現しましたが、それがなかったら4%を超えていたという見方もあります。

――トラック運輸産業としては、「2024年問題」の解消に向けて賃金水準を確保したいという大命題もあります。
難波 理想や〝あるべき論〟がある一方で、実際の企業業績に注視する必要もあります。原油高騰によるコスト増で利益が出にくくなっているという一方の現実を無視することはできません。また、要求額と実際の解決額とのかい離をどう見るか、かい離があってもいいのか、いけないのかという議論も当然出てくるでしょう。例えば、22春闘の我々の統一要求水準は1万1000円だったわけですが、物昇分を含めた上で構築していくとどうなるのか。私自身は22春闘と同じ額では理屈が通らないと考えていますが、一方で平均解決額が1万1000円に及ばない中で要求額だけを引き上げても意味がないという意見もあるでしょう。いずれにせよ、早めに動き出す必要があると思っています。

――最後に、2024年4月に向けて、トラック事業者各社の経営者は何をすべきなのか、あらためてメッセージをお願いします。

難波 標準的な運賃を届け出ることが第一歩だと言いましたが、それはあくまで適正な運賃・料金を収受するための手段に過ぎないとも言えるわけです。ですから、本質的には、標準的な運賃のあるなしに関わらず、荷主と常に料金交渉をしてほしいということに尽きます。経営者であれば、自社の利益を少しでも多く確保して、それを従業員に還元していくことは当然の務めであるはずです。そして、新たな人材を呼び込んでいくためには、まずは初任の賃金を引き上げることです。それを実現することができれば、当然、賃金全般が高まり、人材の引き留めにもつながるはずだと考えています。

(なんば・じゅんすけ)1959年生まれ。84年日本通運入社。2007年全日通労働組合中央書記長、13年同中央執行委員長(17年退任)、15年全日本運輸産業労働組合連合会中央執行委員長に就任。連合副会長も務める。
(2022年7月28日号)


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