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新技術活用による「安全」開発の最前線=日立物流

2018.12.20

日立物流(本社・東京都中央区、中谷康夫社長)が開発を進める「スマート安全運行管理システム(SSCV)」。今年4月に理化学研究所(理研)、関西福祉科学大学、日立製作所、日立キャピタルオートリースとの共同研究を開始し、1年間のデータ収集と分析を経て、来期にかけては自社車両への本格導入と外販を予定している。SSCVは、乗務員の生体情報や、車載センシング機器からのシグナルを用いて “事故を未然に防ぐ”システム。日立物流ではこのシステムを事故防止ツールとしてのみならず、協力運送会社をはじめとする協創パートナーとの“ビジネスエコシステム”の基盤としても位置付ける。

疲労度の計測で事故を未然に防ぐ

SSCVの実用化イメージは、運行前や運転中の生体情報から乗務員の疲労度を可視化するとともに、車載センシング機器による車両挙動測定で危険運転を「見える化」して、乗務員や管理者へアラートを発報。同時に、これらの複数の機器で感知した「事故リスク」を総合的なスコアとして算出し、一定値を超えると休憩を促すなどして、注意を喚起する仕組み。

スコア試算の元となる事故リスクの定義については、日立物流のトラック45両に装着した生体情報測定機器やセンシング機器のデータと事故との相関関係を、今期1年間かけて理研が分析。来年3月に研究論文として取りまとめるとともに、今後も蓄積されていくデータをAIに学習させ、常に精度の高い事故リスクの計測と判断につなげる。これらの情報は、乗務員の特性に合わせた安全教育にも活用できるという。

こうした、複数メーカーの機器で収集したデータをクラウド連携で吸い上げ、AIが判断して運転者や管理者に事故リスクを通知するスキームについては、ビジネスモデル特許も出願中。「同様の仕組みは各メーカーが既に展開するが、複数メーカーのデータを統合的に管理する仕組みは当社が初めて」と佐藤清輝・執行役常務経営戦略本部長は説明する。

20年度に7万両への導入目指す

日立物流ではまず今期中に自社車両700両にSSCVを導入した上で、来期(19年度)第1四半期中にはさらに700両に追加導入する。また、理研の研究論文による科学的な裏付けを待って、来年度以降、外部への販売を開始。日立物流の協力会社車両や日立キャピタルのリース車両などへの導入を見込み、20年度には導入車両を、自社車両を含む7万両まで増やしたい考えにある。提携関係にある佐川急便にも、幹線輸送などで利用を提案するほか、日立物流グループの海外法人からも関心が寄せられているという。

拡販に向けては、日立キャピタルによる月額制のリースパッケージを用意する。実際に使用するデバイスはユーザーごとに選べ、ラインナップする機器はメーカーやベンダーと連携して追加したり、最新機器へと入れ替えたりしていく方針。なお、日立物流の自社車両にはヒヤリハット時に運転者が押す「IoTボタン」を取りつけ、危険運転のみならず、ヒヤリハットと生体情報・車両挙動情報の因果関係の分析に役立てる。

外販では、SSCVを導入した複合的なメリットも明示する。事故防止による安全品質向上のみならず、SSCVの導入で保険料そのものが軽減されるプランの創設も保険会社と協議。さらに、SSCVを協創パートナーとのビジネスエコシステムの一環と位置付け、導入企業が共同購入や特別価格での車両メンテナンス関連サービス利用、日立物流とのデータ連携による請求業務の負荷軽減などにつなげられる仕組みを想定する。

将来的にはこのビジネスエコシステムのネットワークを、企業横断的なTMSの構築や、様々なオープンイノベーションと連携させたデジタルプラットフォームへと発展させたい思いもある。「倉庫回りでは、多様なデータを連携させて活用するノウハウを持ち、優位性を誇るが、外回りのシステムは遅れていた。SSCVはそのベースとなり得るもので、当社のWMSや荷主のSCMなどと連携していくことになる」と佐藤氏は話す。

きっかけは自社車両の事故防止への熱意

SSCV開発の発端は、2年前に遡る。ある営業所で、半年も経たない間に前方不注意による衝突事故が相次いで発生した。事故発生時のドライブレコーダーの映像を確認してみたところ、「(前方を)見ているようで見ておらず、ブレーキを踏む様子もなかった」(佐藤氏)。場所も、営業所近くのよく知る道。なぜ事故が起きたのか乗務員に深くヒアリングしたところ、家族の入院や介護といった不安から、運転中も考えごとをしたり、疲れがたまったままとなる “慢性疲労状態”にあったことが分かった。

しかし、出発前点呼は徹底しており、アルコールチェックはもちろん、顔色まで運行管理者は確認していた。「従来の点呼だけでは、事故を抜本的になくすことはできない」と考え、16年6月にプロジェクトチームを立ち上げて対策を検討することとした。
まずは健康診断の結果などを用いた個別カルテを作成するなど、点呼時のチェック項目をより詳細なものへと改良。事故防止に用いるデバイスについても、非接触型の体温測定器や乗車前の疲労ストレス測定システムなど、あらゆる機器を試し、乗車前のみならず運転中も、生体情報の計測や衝突防止補助システムを取り入れて事故防止につなげた。

ただ、これらのデータと乗務員からのヒアリング内容を突き合わせて、事故との相関関係を分析しようとしたところで壁にぶち当たった。「全力を尽くしたが、自社だけではどうしても解明できなかった」。そこで、日本疲労学会理事で関西福祉科学大学教授の倉恒弘彦氏と同理事長で理研教授の渡辺恭良氏に協力を仰ぎ、今回の共同研究に至った。

「事故を絶対に起こさない」という熱意が生み出したSSCV。専門家の太鼓判を得て、来春には「自信を持って勧められるシステムになる」と佐藤氏は言い切る。
(2018年12月20日号)


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