ドライバーの待遇改善こそ、喫緊の課題だ
第一貨物株式会社
代表取締役社長 武藤 幸規 氏
国内幹線物流の主役である特積トラック輸送は、長らく低運賃水準と労働力不足というジレンマに苛まれ続けてきた。その〝負のスパイラル〟にようやく歯止めがかかろうとするなか、東北地区を地盤に高い存在感を示す第一貨物は、どのような形で事業を前進させるのか。また、eコマースが物流のあり方を変えつつある状況にどう対応していくのか――。
シリーズ第2回は、業界きっての論客である武藤幸規社長に、課題と展望を語っていただいた。
(インタビュアー/西村旦・本紙編集長)
危機はそれ以前から始まっていた
――昨年以降、「物流危機」という言葉が一般にも流布しています。実際、ドライバー不足によってモノが運べないリスクが顕在化していますが、こうした物流を取り巻く現状について、どのような認識をお持ちですか。
武藤 昨年2、3月頃から一般紙をはじめとするマスコミが採り上げて、「物流危機」に対する認識が急速に広まってきた印象があります。ただ、私自身はそれ以前から労働力不足の厳しい情勢を肌身で感じていましたので、改まって危機が高まってきたという受け止め方はしていませんでした。危機という言い方が正しいのであれば、その前からすでに危機は始まっていたと思います。少し皮肉っぽい言い方になるかもしれませんが、一部の事業者がとても上手く誘導しているな、という印象を持っています。
――確かにそれ以前から危機の兆候は明らかでした。それが、〝ヤマトショック〟もあって広く一般にも知れ渡ったということだと思います。ただ、そうした物流業界が抱える厳しい現状が広く一般に共有できたことは、歓迎すべき面もあると思いますが。
武藤 そう思います。実は、当社ではその前から、足掛け5年くらい運賃改定に取り組んできました。いわゆる「物流危機」が言われ出した時点では、そうした取り組みが一巡して、少し一服感が出ていたタイミングでした。ちょうど来期の事業計画の策定を進めているところでしたが、「来期は運賃改定も一拍おかないといけないかな」と考えていました。ところが、そんな時に「物流や宅配が大変だ」と世の中が急に騒ぎ出した・・・。
――それを受けて、どのように動かれたのですか?
武藤 1ヵ月くらい黙って見ていましたが、社内で目立った動きがなく傍観しているような感じだったので、「すぐに動け」と。すでに事業計画をつくり終えていましたが、運賃改定を追加テーマに盛り込んで、夏前にお客様へのお願いに動き出しました。改めてすべてのお客様を回って話を聞くと、皆さんの頭の中にも「物流危機」という認識が広がっており、値上げに対して理解を示して下さるお客様が多かったという印象です。
――御社がかなり以前から運賃適正化に動かれていたことは承知しています。それが一旦、小休止しようかという段階で、世間が急に騒がしくなった・・・。成果はいかがでしたか?
武藤 当然のことですが、値上げのお願いに対していい顔をされるお客様はいません。ただ、率直に話すと一定のご理解はしていただけました。
改めて、今回の動きを振り返ってみると、当社に限らず、物流業界全体がこれまでの長い間に積み残されてきた課題を一気呵成に解決しようとする動きだったように思います。バブル崩壊以降、トラック運送業界は参入自由化による過当競争と景気低迷によって運賃水準はどんどん下がっていきました。我々事業者は辻褄を合わせるために、従業員の待遇を切り下げざるを得ませんでした。その結果、20年以上が経過して、ドライバー職の採用がますます困難になってしまった。さらに労働時間の短縮といった新たな規制も出てきました。そのなかで、いま当社を含めた物流企業に求められるのは、働き方改革を含め会社としての体制をいかに整備していくかということです。そのためにも、バブル崩壊以降、切り下げられてきた待遇面をどう改善していくかが喫緊の課題だと考えています。
宅配便の領域拡大にどう対応するかがテーマ
――いまアマゾンに代表されるEC(電子商取引)が急激に拡大しています。モノの売り方がネット通販にシフトしていけば、御社の主戦場でもあるBtoB、つまり企業間物流の物量が減っていくことも考えられます。
武藤 第何次になるかはよく分かりませんが、いま足元で新たな流通革命が間違いなく起きています。私が子どもの頃にあった街の商店街が大規模小売店に席巻されたのと同じような現象がいま、ECの急激な成長によって起こっています。商取引におけるEC化率が急速に高まっており、現在は10数%ですが、私の直感では最低でも30%程度までは進むと思います。そうなれば、当社がおもに手掛けているBtoB領域の物流は間違いなく影響を受けるでしょう。ただ、そのことで我々の仕事がすぐになくなってしまうとは思っていません。
――それは何故でしょうか?
武藤 もっとも大きな理由は、EC化によってトランザクションが商品1個単位で動くようになったことです。BtoB物流の場合はもっと大きなロットで動きますから、EC化率の上昇とイコールでBtoBの物量が減ることはありません。つまり、仮にEC化率が10%上がっても、単純に我々の仕事が10%減ることにはならないわけです。
ただ、その中で注意すべきことは、宅配事業者の事業モデルが徐々にBtoBにシフトしてきていることです。とくにヤマト運輸さんの事業内容を見ると、宅急便を開始した当初、小倉(昌男)さんはCtoCを想定していたと思いますが、近年ではBtoCのみならずBtoB、本来、我々特積トラックが担っていた領域にも入り込んでいます。社内では「もう少し危機感を持つべきではないか」と言っています。
――当初、CtoCで始まった宅配便が、ネット通販などの拡大でBtoCに広がり、さらにBtoBまで浸食しつつある・・・。
武藤 その意味では、我々のような特積トラック事業者が今後、宅配便の領域拡大や業際化にどう対応していくかは非常に大きな経営課題だと認識しています。現時点では、そうした流れに対応できる組織体は整えてきているつもりですが、社内の意識改革はまだまだだと考えています。
――過去の武藤社長の発言を振り返ってみると、非常に早い段階から3PLやロジスティクスに着目されていました。最終的な届け先が変化していくなかで、より上流工程であるロジスティクス分野を攻めていくという考えでしょうか?
武藤 川上と川下の両方に動いていかなければなりません。単純に言えば、「下がなくなれば上」という考え方もあるでしょう。しかし、最終消費者とつながっている部分を度外視してサプライチェーンは成り立ちません。では、どこに活路を見出すかといえば、そう簡単に答えが出ないことも確かです。ヤマトさんや佐川さんと伍して戦うつもりはありませんので、宅配という部分においてはニッチを狙っていくしかありません。ただ、ひとつ言えるのは、あまり3PLだ、ロジスティクスだと物流事業者側の理屈を言い過ぎないことです。お客様側は実利、つまり自社の商品をいかに合理的に売るかが大事なのであって、顧客目線を考慮せずに、自分達の考え方だけを押しつけてもあまり意味がありません。
「需要予測」で差別化を進めていく
――特積トラック業界を見ますと、人口減少もあって国内貨物輸送量は漸減傾向が続くことが予想されます。そのなかで多くの事業者が乱立しており、さらには宅配との垣根もなくなろうとしています。そうした状況のもとで、競争を勝ち抜いていくカギは何だろうと考えていますか?
武藤 それは絶対的に「差別化」しかありません。これは極めて難しい命題ですが、その答えを探し続けていかなければなりません。いま、進めている取り組みがひとつあるのですが、それが本当に差別化に繋がるのか、社内でもいまひとつ信じ切れていない部分があります。
――それは何でしょうか?
武藤 「需要予測」です。我々は今後、運賃レベルを上げていくと同時に、コストを下げていかなければなりません。しかし、コストを下げるにしても、労働時間短縮とドライバー確保という大きな課題をクリアしなければならないというジレンマを抱えています。私は、これを乗り越えるには「需要予測」という手法を使っていくしかないと思っています。明日の物量、来週、来月、1年後の物量を高い精度で予測して、それに見合ったヒトと車両を投入していく・・・。例えば、ドライバーの労働時間を見ても、年末繁忙期の12月とそれほど忙しくない1月のある日を比較すると、必要な労働力は倍も違います。ピーク時にどれだけの戦力を出せるか、逆にオフの時にどれだけ労働力を削れるか――「需要予測」によってそれが可能になれば、コストを下げることもできますし、従業員の働き方改革にもつながります。
――確かにそれが実現できれば、効率的な戦力配置が実現します。
武藤 いまビッグデータの活用を色々と試している段階ですが、当社は拠点が全国に約100ヵ所あり、すべてをカバーすると変数も高くなっていきます。需要予測を高い次元で実現していくのはなかなか難しいことですが、これをやっていかなければ、今後もジレンマを抱え続けていくことになります。精度を上げるにはもう少し時間がかかるかも知れませんが、とりあえず18年度からは、これまでの輸送実績などデータベースをもとに現場の経験と勘を加えながら運用していきたいと思っています。とりあえず現場で使いながら、徐々に精度を上げていきたいと考えています。
「地域社員制度」で働き方の多様化を
――御社のドライバーの充足状況はいかがでしょうか?
武藤 色々な工夫を重ねて、退職者数と採用者数が何とかバランスが取れている状況です。当社は50年以上前から社内に専門学校(第一貨物流通技能専門校)をつくってドライバーを中心とした従業員を確保してきました。まだ高校への進学率が低い時代には、中学卒業者を学校に迎え入れて3年間、現在は高卒採用者を1年課程で教育しています。当社は今年創立77周年を迎えますが、卒業者はすでに定年を迎えた人も含めて約600人おり、彼らが社内の柱となってきた歴史があります。その反面、ドライバー職は流動性も高く、途中で辞めてしまった人も300人近くいます。つまり、それだけの人材を新たに補充する必要があり、現在、人事部門では各支店長が高校を訪問して高卒の新卒採用を増やすような地道な努力を続けています。ちなみに、専門学校には毎年1人、石垣島の高校卒業生がいます。当社がその高校に継続して募集活動を行ってきた成果です。
――今期から新たに「地域社員制度」をスタートしました。
武藤 社員のなかには、特定の地域にとどまって仕事をしたい人がいる一方、制限なしに働きたいという人もいます。そうした働き方の多様化に対応するための取り組みのひとつとして、今年度から新たに導入しました。東北は地域性が高い面もあり、第一貨物に入社すれば、いずれ東京にも行かざるをえないだろうということが、入社を希望する際の制約になっていた面も否定できません。また、家庭の事情などから、勤務が東北エリアに限定されることで安心する人もいます。地域社員制度はそうした潜在ニーズを掘り起こす狙いがあります。
――ドライバー職の場合、「運び方改革」による効率化や生産性向上が、働き方を変えていくことにもつながります。
武藤 誰しも考えることでしょうが、1回で多くの物量を運ぶ取り組みが必要です。そのために、今後は単車からトレーラへのシフトを進めていきます。運行車に占めるトレーラの比率はまだまだ小さいですが、近い目標として10%まで高めていきたいと考えています。また、内航海運は難しいかもしれませんが、JR貨物による鉄道コンテナ輸送はまだ使える余地があると思います。今後は積極的に増やしていきます。
特積トラックの世界にM&Aは馴染むのか・・・
――御社では5年前からトナミ運輸と久留米運送との3社による共同出資で共同運行会社「ジャパン・トランズ・ライン(JTL)」を立ち上げています。ある意味でシェアリングの概念を先取りした試みだと思いますが、この取り組みは今後も拡大していきますか?
武藤 当然拡大していきます。とくに物流業の場合、物量の多い・少ないが効率化を左右します。量を集めないと効率化のメリットはなかなか出てきません。
――特積トラックの業界では、以前から「連絡運輸」といった形での緩やかな連携がありました。そのなかで、JTLは敢えて合弁会社という手法をとりました。
武藤 事業者間の競争があることは当然ですが、そのなかでも今後は連携・協力していかなければならない領域が広がってきます。合弁会社という形は、「ウチの会社はどっちを向いているのか」という社員の疑問に対する分かりやすい答えにもなりますし、そのことが安心感を与えていることにもつながります。また、ランチェスターの「3点攻略法」ではありませんが、真ん中を攻める場合には外側の3点を固めなければならず、その理論を援用して3社による合弁会社設立を構想した面もあります。
さらに、別の観点から言えば、我々の業界にどこまでM&Aや企業買収が馴染むのかという課題もあります。特積トラック業界では地元に土着しながら、代を引き継ぎ成長してきた事業者が多いことはまぎれもない事実です。そのなかで、それぞれの事業者がお互いを尊重しながら、足りない部分を補い合うという考え方は現実的かつ有効な手段だと思っています。
特積業界は二極分化が進んでいる
――特積トラック業界は、それぞれの地域で強みや特性を持った事業者がたくさんいます。確かに資本の論理だけで動くことは考えにくいですね。
武藤 私は、いまの特積業界は二極分化の流れが加速していると考えています。それをひとことで言えば、「レディメイド型」でいくか「オーダーメイド型」でいくかということです。宅配事業者も含めた大手特積事業者は「こういうサービスがあります。どうぞ使ってください」というある種のレディメイド型だと言えます。これは力があるからこそできることです。しかし、当社を含めたそれ以外の事業者は「何でもやります」というオーダーメイド型で行かざるを得ません。顧客からの要望を受けて、色々な運び方を提供していく。お客様も、ひとつの会社の中で小さなモノから大きなモノまで様々な製品をつくっています。それを「小さなモノしか運べません」と言ったらどうなるか・・・。大手事業者は専業に徹すれば生きていけますが、我々はそうはいきません。
――スーツで言えば、〝吊るし〟のレディメイドで売るか、セミオーダーで売るかの違いでしょうか。
武藤 だからといって自らを卑下しているわけではありません。むしろ、「このような荷物は当社では運べません」と言って、フタをしてしまうことが果たしていいのか・・・。我々はどこまでいっても「運び屋」です。社会に必要な機能として、何でも運ぶべきではないのかという思いを常に持っています。
我々の使命は「モノを運ぶこと」であり、「どんな時にもお客様に車を回すこと」です。そのためには当然、ドライバーという労働力が必要ですから、今回上げていただいた運賃の相当部分をドライバーの待遇改善や雇用競争力の強化に使っていきます。当社では、お客様に「ドライバーが少ないから考えて下さい」とお願いしたからには、「必ずクルマは回します」と公言しています。
――公言することで、退路を断っている・・・。
武藤 経営者としては、色々な葛藤があることは否定しません。同業他社がいい業績を上げているのに当社だけ・・・と考えることもありますが、業績を上げていくのは待遇改善を進めて、社員を安定して雇用できるようになってからでもいいと思っています。
隊列走行は運送責任の面で不安がある
――いま、自動運転や隊列走行などの新技術の開発が進んでいます。こうした新たな取り組みに対する御社のスタンスは?
武藤 まず、我々にはお客様に対する運送責任がありますから、例えば隊列走行で一緒に運ぶとなった場合に責任の所在がどうなるのか、といった面で不安があります。ここをクリアしないと、なかなか実用というステージには進まないように思います。ましてや、集荷や配達を無人で行うということは、現段階ではあり得ないことです。
――幹線で隊列走行を組む場合、1社単独ではなく複数の事業者がプラットフォームを構築するというのが自然な形だと思われます。そうなった場合に、御社は参画するお考えはありますか?
武藤 ケースバイケースでしょうね。例えば、巨大な物量を持っているメーカーさんなどは考え方ひとつで実現が可能だと思いますが、我々のような多種多様な荷物を混載して運んでいる運送事業者がやる場合は、そう簡単にはいかないだろうと考えています。
――グローバル展開について教えて下さい。昨年、ベトナムの現地物流会社と資本業務提携に向け基本合意しました。
武藤 現在、契約を締結して資本を入れることになっていますが、ベトナムの外資制限などもあって事務的な手続きで足踏みをしている状態です。ただ、すでに合弁会社に1人、駐在員事務所に1人の計2人を現地に派遣しており、事業活動は行っています。これから実績を積み重ねていく段階です。
――国内マーケットが縮小していくなかで、今後は海外にも軸足を置いていく。
武藤 まだまだ大きなビジョンを描ける段階ではなく、今後の実績次第です。少しずつ日本との間での荷物の取り扱いを始めていますが、今後チャンスを見ながら拡大していきたいと思っています。また、中国にも駐在員事務所があり、現地の物流会社とも提携しているので、こちらもチャンスを伺いながら拡大させていきます。また、持株会社であるディー・ティー・ホールディングスとして、グループ会社がタイやマレーシアにも事業を展開しているので、そこを起点にして拡大させていければと考えています。
物流業界は「思い上がってはいけない」
――武藤社長の経営のモットーとは?
武藤 現場重視でしょうか。現場とかけ離れた経営はありえないと自覚しており、それを実践しているつもりです。ここ数年、隔月1回土曜日に「オープンドアミーティング」と称してドライバーや現場の社員との対話を続けています。毎回30人くらいの社員が参加し、累計で80回くらい開催していますので、すでに半分くらいの社員と直接対話している計算になります。
――最後に。世の中の物流への注目が高まるなか、これからの「物流」はどうあるべきでしょうか?
武藤 社内では「思い上がってはダメだ」と常に言っています。先輩たちから聞いた話では、かつてはお客様の庭先で列をなして荷物を待っていた時代がありました。そのことの是非はともかく、我々の先輩たちはそういう体験を積んできました。しかし、最近は需給関係が変化したこともあり、ともすれば「モノを運んでやっている」と自分たちのほうが偉いんだという錯覚を起こしがちです。社員には「お宅の荷物なんて」という態度で接するなと厳しく指導しています。自分たちが何で生活しているのか、どこに立脚して仕事をしているのか――そのことを忘れてはいけません。
武藤 幸規(むとう・ゆきのり)
1944年3月生まれ。77年第一貨物自動車(90年7月第一貨物に商号変更)取締役就任。同社専務取締役、取締役副社長を経て88年3月代表取締役社長に就任。2012年10月ディー・ティー・ホールディングスを設立、同社代表取締役社長に就任。