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好循環の流れを大きな飛躍へ!経営改革の“根っこ”人事・賃金制度を改革する!JR貨物 代表取締役会長 石田忠正 氏

2018.03.27

JR貨物は石田忠正氏が会長に就任して以降、歩みを止めることなく改革を実践し、鉄道事業の黒字化に象徴される成果を生み出してきた。経営自立に向けた基盤固めも順調に進み、株式上場可能な体制に着々と近づいている。
石田会長に一連の経営改革の成果、来年度の最重要テーマに位置付ける人事・賃金制度改革、及び真の経営自立に向けた考えなどを聞いた。
(インタビュアー/西村旦・本紙編集長)
――2013年6月に会長に就任して4年9ヵ月が経ちました。この間はまさに改革の連続であり、その結果として昨年度は悲願でもあった鉄道事業の黒字化を達成されました。JR貨物の“現在地”を確認する意味で、いま一度、これまでの経過を簡単に振り返っていただけますか?
石田 これまで3つの改革を進めてきました。1つ目は「意識改革」。これはすべての改革の基本に位置付けられます。JR貨物という会社に根付いていた、“はじめにダイヤありき”という供給者側に立ったプロダクトアウト型の思考から顧客重視のマーケットイン型思考に変えるとともに、上意下達からボトムアップの生き生きとした企業文化に変えるため、合宿などを通じて全役員から全国の社員までマインド変革を進めてきました。
2つ目が「計数管理改革」です。従来、本社だけに集中していた収支データをすべての現場、社員に開放して“見える化”するとともに、約500本の列車収支についての責任と権限を本社から全国6支社に全面的に委譲しました。そして、3つ目が「組織改革」です。取締役会や経営会議、決済方式、4本部制など経営全般のガバナンス及びコンプライアンスを整備・強化してきました。
当然のことながら、これら3つの改革は相互に密接に結びついています。一連の改革のうねりが全国各地の現場や社員一人ひとりに波及・浸透していった結果、昨年度で終了した前中期経営計画の大黒柱であった鉄道事業の黒字化という目標達成につながったのだと思います。まさに従来のトップダウン型の経営から全員参加型経営に変革された結果であり、すべての社員の努力の成果であることは間違いありません。

あの時、全役員が“決意した”ことがすべての改革の始まりだった

――改革にゴールはありませんが、一定の手応えは感じられていますか?
石田 改革の運動が社員の間に気付きや変革への行動を促し、もともと持っていた潜在力が発揮できるようになったことは確かなことです。だからこそ、俵に足がかかった厳しい状態から、鉄道事業を水面上に持ち上げることができたのだと思います。
何事もできないと思えば、5年、10年かけてもできません。そうした旧弊を打ち破るために、役員合宿の直後に「3年間で必ず黒字化を実現する」と経営者全員が決意しました。いま振り返ると、あの時“決意した”ことがすべてのスタートだったのだと思います。
ただ、まだ万全ということではありません。今期の鉄道事業も2年連続での黒字が維持できるかどうかという状況であり、まだまだ盤石とは言えないのが現状です。鉄道事業の基盤をさらに強固なものにするとともに、新しい時代に向かって踏み出していかねばなりません。

JR貨物を変えていく創造運動が始まっている

――前中期経営計画での黒字化達成を踏まえ、今期から新たな中期経営計画がスタートし、いまその初年度が終わろうとしています。
石田 新中計はJR貨物グループの中長期的な将来を見据えた5ヵ年計画です。それを支える最も重要な取り組みのひとつが「業務創造推進プロジェクト」です。意識改革が社員の中に根付いてきたことを踏まえ、変革意識を創造運動の領域にまで高めていこうということで1年前にスタートしました。
その目的や狙いをひと言でいえば、仕事の仕方やモノの考え方を抜本的に見直し、ゼロベースで新たなものを創造していこうということです。
内部から変えていく力に加えて、いま世界で起きているAI、IoT、ビッグデータに代表される第4次産業革命の波を自らの力として取り込むために、約1年前の組織改正で「技術企画部」を新設しましたが、いまこの2つが連動しながら精力的に運動を展開し、仕事や会社のあり方そのものを大きく変えていこうとしています。

――具体的にどんな業務改革が始まっているのですか?
石田 すでに数十件に及ぶまったく新しい事業アイデアが提案され、その中には既に実施されたり、予算がついて実際に動き出しているものもあります。
例えば、機関車・貨車の修理や検修です。これまでは8000両近くある車両の管理を紙と手作業で行っていましたが、これをタブレット端末による管理に変えていきます。それにより時間短縮やミスの削減につながるだけでなく、修理用部品の管理もコンピュータ化され在庫削減にもつながります。この案件は業務創造推進プロジェクトと技術企画部、車両部から共同提案され、経営会議で数億円規模の投資が正式に承認されました。
それ以外にも、貨物列車に積載されるコンテナの確認についても、これまでは作業員が列車1編成で約3000ヵ所にも及ぶ確認を目視で行っていましたが、これを画像処理で確認するアイデアが提案されています。また、貨物駅構内での機関車の入れ替え作業を外部からリモートコントロールで行う、機関車の運行をコンピュータ制御するとともに走行記録を自動化し不具合箇所を予見する、最適なダイヤ組替えシミュレーションを採用する、空コンテナの回送(いつ、どこに、いくつ)にシミュレーションソフトを導入する、駅構内にコンテナの多段積み構造物をつくることでスペースを有効活用する――など多くのアイデアがプロジェクトから提案されています。
これらの提案が実現されるに伴い、効率性が大きく向上するばかりでなく、ヒューマンエラーが減り、定時性が高まり、安全性も大きく向上することになります。

――多様な領域に広がっていますね。
石田 まだまだあります。オフィスワークの領域でも、すでに経営会議をはじめとする主要会議については端末を使用したペーパーレス化を実現していますが、これを全社に広げていきます。タブレットやスマホなども大量導入し、業務効率化を本格化します。さらに全国6支社の経理・総務の仕事を本社事務センターに集約しましたが、今後はシェアードサービスの導入により、グループ全体の一体化・効率化を目指すことにしています。

――まさに小さいことから大きなことまで。
石田 出張などで新幹線に乗っていると、車窓から貨物駅が見えることがありますが、目立つところに看板がないため、一般の方からはよく分かりません。そこでもっと分かりやすくJR貨物の社名と貨物駅の名称が書かれた看板を掲げることで、当社の認知度向上の一助とすることを決めました。すでに東京貨物ターミナル駅にはLEDのネオンサインを設置して、首都高を走る車からもよく見えるようにしました。今後は全国の主要駅にJR貨物の大きな看板を立てていきます。「あれがお父さんの会社だ」と自慢できるようにしたいものです。
先日決めたばかりですが、社内での呼称についても「会長」「社長」「部長」などという役職ではなく、「さん付け」で呼ぶことに統一しました。これなどはまさに“小さい”ことですが、フランクに自由闊達に議論できる雰囲気をつくらなければ、創造的かつ自由なアイデアは生まれてきません。そういう意味ではとても大事なことだと思っています。
すでに実行に移されたもの、採用が決まって動き出したもの、これからのものなど様々ですが、意識改革という土壌の上に立って、未来志向でJR貨物を変えていこうという力強い運動になってきています。

――話を伺っていると、改革が有機的につながり、広がりを見せていることが分かります。
石田 そうですね。「全員参加型経営」に近づいているとも言えます。すべての社員が「私が経営の一端を担っている」という意識を持っている場合と、「決まったことだけやっていればいい」と考えるのとではまるで違ってきます。それが単体6000人、グループ全体で1万人近い社員の総体となれば、自ずとまったく違った会社になってしまいます。

――以前、プロジェクトの趣旨について、コストダウンを目的とした「ケチケチ運動」ではないとおっしゃっていました。
石田 必要な案件には惜しまず投資していきます。すでに数億円規模の予算をつけた案件もあり、今後も将来に向けた投資はヒト、モノ、カネともに積極的に行っていきます。
その意味では、まさに今日の経営会議で決まったことですが、ITや新規事業開発、保全など専門性の高い技術職についてまとまった人数を中途採用する方針も固めました。
改めて言えることですが、こうした未来に向けた投資ができる環境が整ったことは、まがりなりにも鉄道事業黒字化など前中計の目標を達成したからこそできることです。ひとつの大きな目標をクリアして、次の5年間に向かう――こうした好循環をもっともっと大きなうねりにしていきたいものです。

「東京レールゲート」で貨物駅の概念を変貌させる

――東京貨物ターミナル駅(東タ)での大規模物流施設「東京レールゲート」の建設も本格化します。
石田 「東京レールゲート」は当社にとって、まったく新しい発想で取り組む物流施設です。これまでの当社の物流施設は上物(うわもの)をつくってお貸しするだけでしたが、今回はそうではありません。国内最大規模のマルチ型物流センターであるのみならず、貨物駅構内での自動走行を含む鉄道と物流センターとの直結、さらには陸海空の融合を目指す新しい概念の駅に変貌させていくプロジェクトだということです。
施設2棟のうち、「WEST」が20年、「EAST」が22年の完成ですが、すでに多くのお客様から引き合いをいただいています。やはり、東京港や羽田空港にも近い地理的優位性もあって様々な業種・業界の方からオファーをいただいています。当社としては今後、鉄道をご利用していただけるお客様を中心にお話を進めていきたいと考えています。

――「東京レールゲート」は新中計でも打ち出した総合物流企業グループへの成長を遂げるための試金石でもありますね。
石田 東タはJR貨物にとってのセントラル・ステーションですから、このプロジェクトを成功させることは非常に重要です。「東京レールゲート」の完成後は、札幌、仙台でも物流施設開発を進め、さらには大阪、福岡という形で「レールゲート」ブランドを全国規模で展開していきたいと思っています。
また、東タは南の玄関口ですが、北の玄関口となっている駅は隅田川駅であり、その重要性は東タに劣りません。これはまだ構想の域を出ていませんが、隅田川駅を再開発して「東京レールゲートNORTH」にしてもいいと考えています。

鉄道貨物の技術輸出、今年は具体化に動き出す

――未来志向というテーマでは、鉄道貨物の技術輸出の話も進んでいます。
石田 JR貨物は日本で唯一の貨物鉄道会社です。海外では貨物鉄道への需要が高く、東南アジアを中心に色々な国からオファーをいただいています。これまではノウハウの提供やコンサルティングなど業務が限られていましたが、ここにきて実際の事業を始めて欲しいという提案を受けることが増えています。将来のビジネスモデルを形づくっていくためにも、今年はできるところから具体化の検討を進めていきたいと考えています。当社グループに内在するエネルギーをさらに引き出していくためにも、国際化を通じて活性化していくことがJR貨物グループの将来のために重要です。

人事・賃金制度改革は来年度の最大テーマ

――人事・賃金制度改革について伺います。年明け以降、石田会長が各所で来期から本格的に動き出すと“前触れ”していました。
石田 当社はこれまで3つの改革に取り組み、まだまだ不完全ではあるものの何とか形になってきました。しかし、まだ本質的に脆弱な部分が残っています。それが人事・賃金制度です。これは来年度のもっとも重要なテーマになると考えています。
社員の人事・賃金制度は会社の基盤、“根っこ”をなすものです。それが国鉄時代から50年間ほとんど変わっておらず、旧態依然たる制度のまま残っています。時代が大きく変わり、今後さらに急速に変化する中で、これは早急に、抜本的に改めないといけません。我が社は世の中から置いていかれてしまいます。ようやく将来に向けた足場ができつつあるいま、社員にとっても会社にとっても有用な制度に変えていく必要があります。労使間、及び社員との協議を本格化させ、今年上期中に詳細を固め、2019年4月から新制度に移行するという方針です。

――具体的な見直しのポイントとは?
石田 国鉄時代から50年間、ほとんど変わっていませんので、見直すべきポイントは本当に多岐にわたります。例えば、当社は一旦ある地域の職場に入ったら、ほとんどの場合そこから出ることはありません。これは職種についても同じです。しかも、学歴によって将来がほぼ決まってしまいます。評価制度も基準が不明瞭、かつ評価者によってばらつきがあり、さらに何が良いのか悪いのかといった社員へのフィードバックもありません。仕事をしてもしなくても給与などの待遇が変わらないことが悪癖となり、むしろ減点主義に受け取られていることから、不満を抱えている社員も少なくありません。
また、若手社員の賃金が低いことで、当社への入社を希望する新卒者が少ない原因にもなっています。一方、子どもさんなどが成長して教育費などがかかる中高年の賃金が低く、55歳になった途端、賃金が3割カットされてしまいます。
さらに、インフラとしての教育・研修制度も不十分です。大学への通学や通信教育などを支援する自己啓発制度もあまり活用されておらず、社員が自らの能力を高めることへの協力体制ができていません。こうしたことは社員の成長にとって、ひいては会社にとってもマイナスであり、結果として企業としての成長を妨げることになっています。

――人事・賃金改革の必要性はいつから感じていたのですか?
石田 就任当初から思っていました。日本郵船時代は若い頃から労務も担当していましたので、人事・賃金制度が会社の“根っこ”だということは強く認識していました。ただ、最初からここに手をつけることは無理です。まずは経営全体の改革を進めるべきであり、何よりも鉄道事業の黒字化を達成することが至上命題、最優先事項でした。
幸いそれが実現できたので、今年は会社の経営の根幹を律している、人事・賃金制度の根本改革に取り組もうということです。その大元が変わらない限り、改革は本物にはならないでしょう。これまで社員は様々な不満を持ちながらも、黒字化達成のために努力してくれました。その成果を土台にして、いよいよ真の意味での“根っこ”に入っていくということです。JR貨物の長い将来のための“礎”だと思っています。

――4つ目の改革という位置づけでもいいのでしょうか?
石田 4つ目というよりは、3つの改革の基盤にあるもの、つまり“根っこ”ということですね。中期経営計画では「社員がいきいきとしてやりがいのある人事・賃金制度」という言い方をしていますが、これは本当にその通りです。会社という組織の根底をなすものです。ここがしっかりしてこそ、その上にある経営改革がより確かなものになっていきます。何よりも本人の意思とやる気、能力に応じて地域も職種も地位も変わり得る、そんな自由でのびのびした会社にしたいものです。

――業務創造推進プロジェクトによる将来への投資、さらには各種制度改革での負担増などでコストの上昇が予見されます。当然、それに見合った収入増を図っていくわけですが、それでも一時的には厳しい局面がありそうです。
石田 その通りです。先行投資ですから、今日出したお金が効果として還ってくるのは少し先になります。5年後、10年後かも知れませんが、いずれにせよタイムラグは生じるものです。JR貨物グループの将来のためには、当面の苦しみを乗り越えねばなりません。
ですが、こうしたロングレンジの目線を持てるようになったのは、まがりなりにも鉄道事業の黒字化を達成したからです。これが赤字だったら、企業はどうしてもケチケチ、後向きになり、前を見据えた先行投資ができません。まさに、かつて苦しかった時代のJR貨物がそうだったように負の循環が続いてしまいます。それがここにきて、やっと正のスパイラルになってきました。後戻りしてはいけません。将来に向かった投資が可能になり、それが社員の意欲増進や活性化にもつながっていきます。会社発展の原動力です。

グループ会社を外で稼げる強い体制にしていく

――昨年度から本格的な連結決算もスタートしましたが、グループ経営の強化も中期経営計画の重要なテーマです。
石田 グループ会社の社長を集めて合宿を行うなど、JR貨物グループとしての経営強化に向けた取り組みを精力的に進めているところです。その中で各社の社長はそれぞれ、自社の進むべき方向性や目標の設定のほか、ガバナンス・コンプライアンスの強化など、体制固めに真剣に取り組んでおり、経営者として覚醒してきたとの印象を強く持っています。
中期経営計画では、グループ53社・総人員1万1000人体制で、連結売上高2000億円、経常利益100億円以上をいかなる環境下でも生み出す体制をつくろうとしています。その中で重要になるのは、各社の質の向上はもちろんのこと、外のビジネスをもっと取り込んでパイを大きくし、質量ともにJR貨物グループをより強い総合物流企業グループに成長させていくことです。やはり、グループ内の取引だけでは広がりを持ち得ません。もっと外に目を向けることで“稼げる”グループになっていくことが大事です。

“真の経営自立”に向かって邁進していく

――最後に、今後の経営自立化に向けた抱負や決意を聞かせてください。
石田 経営自立計画とは、平成30年度(2018年度)までに鉄道事業を黒字化するとともに、経常利益100億円の達成を国に対して約束したものですが、数字だけでいえば前期(平成28年度)に達成してしまいました。
ただ、数字上の達成はともかくとして、真の意味での自立化への道のりはまだまだ途上です。今後ともグループとしての経営力を質量ともに高めていく必要があり、その道筋を描いたのが来期から2年目に入る新中期経営計画である「JR貨物グループ中期経営計画2021」です。
そして、真の意味での経営自立とは株式上場です。上場する、しないは必ずしも当社の意志だけで決まるものではありませんが、経営数値だけでなく、コンプライアンスやガバナンスなどの内部統制についても上場可能な体制を整備することは、当社の企業体質を強化し持続的発展を実現する上で極めて意義のあることだと思います。いまはその目標に向かってグループとして邁進するのみです。

――新中計が終了する平成33年度(2021年度)時点で上場可能な体制を整備するというイメージでしょうか?
石田 可能であれば、最終年度の前に体制づくりを完了させたいと思っています。将来もJR貨物の公共輸送機関としての機能・役割は変わらないでしょうから、国内物流インフラとしての位置付けが従来同様に確立されれば、上場できる体制整備には、それほど長い時間はかからないと思っています。

 

 

 

 

 

 

 


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