【荷主レポート】 需要変動に強いSC構築=シスメックス
臨床検査機器、試薬の安定供給をミッションに掲げ、サプライチェーンの革新をめざすシスメックス(本社・神戸市中央区、家次恒会長兼社長CEO)。新型コロナウイルス感染症の拡大や原材料の調達難、サプライチェーンの供給制約に直面する中、需要変動に強いサプライチェーンを構築し、主力の海外市場への安定供給を継続している。アフターコロナで待ち受ける「予測できない変化」を強靭なサプライチェーンで迎え撃つ。
“Made in Japan”“地産地消”の2つの体制
同社は血液検査や尿検査など臨床検査に用いる機器や試薬の開発・製造・販売を手掛け、ヘマトロジー分野(血球計数検査)では世界トップシェアを誇る。商品の企画・開発・生産・販売・サービス&サポートまでバリューチェーンを自社で一貫して構築しているのが特徴。「商品=モノ」の供給にとどまらず、「価値」の提供を事業ポリシーとする。
海外の売上比率が年々上昇し、現在は約85%。「ものづくり戦略」では、機器製品・パーツの生産は、基幹工場である「アイスクエア(写真)」(兵庫県加古川市)を中心に“Made in Japan”の品質を追求。試薬は日々の検査で使用し有効期限があるため、9ヵ国11工場の“地産地消”による生産体制で安定供給とリードタイムの短縮を実現している。
機器製品のサプライチェーンでは、加古川の工場から毎日出荷し、工場でバンニング、通関手続きを終え、神戸港に直送して船積みする。シスメックスは世界を5つの地域に分けており、各地域の港を経由し、地域統括会社の倉庫に商品を輸送。各倉庫から190の国と地域の顧客に届けている。
サプライチェーン、調達と物流の重要性を再認識
新型コロナ禍で浮き彫りになったのはサプライチェーンにおける調達と物流の重要性だ。まず、世界的な半導体不足など原材料の調達が不安定になれば、計画通りに平準生産することが難しくなる。「アクセル(増産)とブレーキ(減産)を交互に踏むようだった」と田中庸介SCM本部長は振り返る。
機器製品の供給では、コンテナ物流の目詰まりや労働者不足による納期遅延リスクに直面。米ロサンゼルス港~シカゴの倉庫間の輸送を、平時の鉄道から適宜トラック便に切り替える体制を整えるなどフォワーダーと連携して柔軟に対応した。商品の特性や納期に対する遅延の状況を常時モニタリングしつつ、海上輸送9割を維持しながら、必要に応じて航空便を利用。ヘルスケア製品の安定供給を社会的使命と位置づけ、サプライヤーや物流会社に優先供給への理解と協力を依頼し、供給リスクにさらされながらも、大きな遅延や欠品を発生させることなく、供給体制を維持している。
一貫したバリューチェーンで全体最適追求
供給体制を維持できた要因のひとつが、サプライチェーンとエンジニアリングチェーンをすべて自社で保有していることによる、柔軟な「調整」機能だ。「ある部品が調達できない場合、入手可能な部品を使うように製品の設計を変えたり、お客様への納品を急ぐ商品を優先的に生産して供給するなど全社的な調整を行っている」。
1週間あるいは2週間に一度、安定供給対策会議を開き、需要予測と生産計画、原材料調達、供給計画など一連のサプライチェーン情報を集約・連携させ、調達や物流など各種制約がある中で、各地の状況を見ながら「何を生産し、供給し、調達するのか」、「どこからどこへ何を供給するのか」について優先順位を決めていく。
「当社の強みは、医療機器分野のすべてのバリューチェーンを自社で持っていること。環境変化に対しても、一部門だけでなく、すべてのバリューチェーンで対応できる。組織や人事の連携やローテーションも柔軟に対応し、全社で知恵を出し合い全体最適を追求する企業風土がある」と田中氏は説明する。
NRIを配置、グローバルに在庫を適正化
アフターコロナのニューノーマルに向け、同社が推進するのが、いかなる状況下でも安定供給できるサプライチェーンの強化だ。従来は「直列・連結」であったサプライチェーンの各プロセスを「並列・連携」させることで、情報とアクションの相方向化(Pull/Push)を図り、環境変化や需要変動にも柔軟に対応。リードタイムの短縮にもつなげる。DX投資も加速させ、SCM情報のネットワーク化・可視化も進めていく。
海外の各地域統括会社の近くにNRI(非居住者倉庫)を配置。約1ヵ月分の本社在庫を保管し、受注後に販社在庫に移す。海外消費地近くに本社在庫を持つことにより、リードタイムを短縮し、万が一の時はフレキシブルにグローバルで在庫転送を行えるため、結果として販社の過剰在庫を抑制し、グローバル在庫を適正化できる。
今後のサプライチェーンの課題は、南海トラフ地震をはじめ自然災害に備えたBCP(事業継続計画)の強化や環境問題・循環型経済への対応。調達や物流における環境負荷やCO2排出量を削減するため、モーダルシフトの推進や梱包資材・パレットのプラスチック使用量削減なども取り組み課題に挙げる。
新技術を活用し、コールドチェーン改革も
シスメックスのSCM戦略で最優先されるのは、「安定供給」。ヘマトロジー分野では世界トップの50%超のシェアで、80%超える地域もある。「供給が途絶えれば、世界中の病院の検査が止まってしまう。安定供給は社会的使命」と言い切る。自然災害やパンデミック、経済戦争などアフターコロナの「予測できない変化」を前提に安定供給体制を確立する。
もうひとつのキーワードはイノベーション。サプライチェーンに新技術を積極的に取り込んでいく考えだ。コールドチェーン改革の一環として、ドライアイスフリーによるマイナス70℃超低温帯での遺伝子検査用試薬の混載輸送をヤマト運輸と連携して12月から開始。海外への水平展開やブロックチェーン技術を使った温度履歴管理も視野に入れている。
社会経済の維持に不可欠な「調達」と「物流」を担うSCM部門の役割はますます大きくなる。「時代を先読みし、関係先を巻き込みながらサプライチェーンの革新に挑戦する。どんな変化にも対応できるよう準備が必要だ。積極的に情報発信することで、新しい技術等の情報を多方面から収集し、リスクに備えたい」と話す。
(2022年3月15日号)