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【特別インタビュー】日本倉庫協会 会長 久保高伸氏

2022.11.24

サプライチェーンの結節点として欠かせない役割を担っている倉庫。コロナ禍からの回復も進み、業況は堅調な一方、足元ではエネルギー価格の上昇を背景にした電力料金高騰が経営課題として立ちはだかる。また、物流DXやカーボンニュートラルへの対応など新たな課題も山積する。今年6月に日本倉庫協会の会長に就任した久保高伸氏(三井倉庫代表取締役社長)に倉庫業界の課題や今後の協会運営のかじ取りを聞いた。  (インタビュアー/西村旦・本紙編集長)

倉庫料金改定をお願いするタイミングに来ている

――営業倉庫全般の足元の荷動き状況についてはどのように見ていらっしゃいますか。

久保 21社統計をはじめとするデータを見ても明らかなように、全体感としてはかなり回復してきており、入出庫高、保管残高とも堅調に推移しています。ただ、統計データはあくまで合計値であり平均値です。個社ベースで見れば、扱っている商材やエリアごとの事情などによって状況に違いがあるように思います。私個人の感触で言えば、事業者ごとの〝良し悪し〟の振れ幅が大きくなっているような印象を持っています。

――先行きが見通しづらい経済社会状況が続いています。

久保 私もそれなりに長くビジネスパーソンを続けてきましたが、これほど先が見通せない状況はかつてなかったように思います。円安、物価上昇、ウクライナ情勢などによって不透明感や不安感が高まっています。その中でも、我々倉庫事業者の足元における最大の課題はエネルギー価格の高騰です。倉庫事業単独で言えば、電気料金の高騰ですが、運送部門を持っている事業者も多いので、燃料コストも含めたエネルギー価格全体の高騰が各社の経営にのしかかってきています。

――営業倉庫の事業費に占める電気料金の割合は、冷凍冷蔵倉庫ほどではないにせよ高い比率を占めています。近年は自動化、IT化の動きもあって、倉庫における使用電力量が増えています。

久保 倉庫現場における電力・コストの割合は冷凍冷蔵倉庫や定温倉庫などにおいては10%近くを占めていますが、倉庫会社の経常利益率は平均で3~4%に過ぎません。仮に電気料金が3割上がれば、利益の大半がなくなってしまう計算になります。現在、新たな創設された電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金や地方創生臨時交付金を活用した中小事業者への支援について、各地区倉庫協会を通じて各地自体にお願いしているところです。使える補助制度はしっかり使っていこうということで、日倉協として会員各社への情報発信に努めています。

ただ、補助制度などの公的支援を活用することも大事なのですが、それ以前にお客様から適正な倉庫料金をいただくことが基本中の基本です。営業倉庫を取り巻く現在の状況を見ますと、長期にわたって適正料金を収受できずに〝根腐り〟を起こしかけているところに今回のエネルギーコストのアップが乗っているように思います。単に電力料金などの上昇分の転嫁をお願いするというだけでなく、倉庫料金トータルとしてお客様に改定をお願いすべきタイミングに来ていると認識しています。

――一般論として、倉庫はトラックに比べると料金面での需給メカニズムがうまく働いていない印象があります。

久保 私自身は倉庫の仕事自体は長くありませんが、倉庫業に長年携わっている人でもお客様に値上げの要請をした経験がない人が多いと聞いています。要請の仕方を含めて、どうしていいか分からないという人も少なくないようで、値上げという行為自体に相当な距離感があるように感じます。しかし、価格というものは本来、需給やコストに応じて上がったり下がったりするものであり、今回の事態をモメンタムにして、適正料金を収受できる業界にしていく必要があるのではないでしょうか。

最近、一般的な消費財を値上げする際、改定理由のひとつとして「物流費の高騰」というフレーズが常套句のように使われています。しかし、少なくとも倉庫料金についてはほとんど転嫁できていないというのが実情だと思います。

今年度から「DX補助金」をスタート

――物流DXへの対応も大きな課題のひとつです。

久保 取り組むべき大きな課題のひとつであることは間違いありません。ただ、日倉協会員の顔触れを見ると、中小事業者が9割以上を占めており、いきなり大規模かつ設備集約的なDXに踏み出せるのかと言われれば、あまり現実的ではありません。まずは、手近なDXから取り組むことができるよう、トリガーになるような施策を打ち出すことが大事です。そのための取り組みのひとつとして、今年度から「DX補助金」という制度をスタートさせました。

――「DX補助金」というのは具体的にどのような制度でしょうか。

久保 ご存知の通り、税制改正によって今年度から物流総合効率化法の認定要件に物流DX関連機器を導入することが追加されました。ただ、DX関連機器といってもAGV(無人搬送車)など大がかりなものだけでなく、ハンディターミナルなども対象にすることで中小事業者でも導入できるようにハードルを引き下げています。今年度から新たに開始した「DX補助金」制度は、物効法の認定を受けた会員事業者に対し、1社あたり100万円を支援することでDXの取り組みの背中を押していこうというものです。すでに3社に対して助成を行っています。

また、日倉協として物流DXに関するガイドラインを作成して、会員各社がDXに取り組む際の参考になるものを用意しています。そして、物流DXを進めていくにあたって何よりも大事なのが人材育成です。日倉協として各種セミナーや研修などを通じてDX人材の育成を支援していきます。

――多種多様な荷姿の貨物を取り扱う寄託型の営業倉庫は、そもそも自動化や省力化が難しいという事情があります。

久保 相当にハードルが高いことは間違いありません。個社としてトライしてみた実感として、多様な商材に対して打ち返しが必要な物流現場におけるDXはかなり難しいと感じます。もちろん個社として克服する努力は続けていますし、将来的にはクリアできるようになるでしょう。そこで感じるのは、DXの流れに追随できるかできないかで企業間の格差がさらに広がっていく懸念があるということです。だからこそ、日倉協として中小事業者を中心とした会員に対する支援策が必要なのだと考えています。

――国土交通省が来年度の予算要求で倉庫シェアリングの実証を行う考えを示しています。

久保 倉庫シェアリングについては、もう少し状況を見極める必要があると思っています。荷物と保管スペースをマッチングさせるサービスはすでに世の中にありますが、そうしたサービスが大活況を呈しているかと言われればそうではありません。画一化された貨物を対象に単なるスペースのやりとりだけを行うのであればそれほど難しくないのかもしれませんが、倉庫業の仕事はそれだけではありません。保管業務だけにとどまらず、在庫管理や流通加工といった附帯業務も担っているほか、顧客ごとにきめ細かい対応を行っています。そのあたりを含めた環境整備、より具体的に言えば、国全体で物流業務の標準化が進んでいかないと、倉庫シェアリングの実現というのは難しいのではないかという感触を持っています。

とは言え、物流DXやシェアリングの考え方自体を否定するものではありません。今後、国交省が中心となってどのような方向に議論が整理されていくのか、日倉協としても議論に積極的に参加し、しっかりと意見を申し上げていきたいと考えています。

情報発信で会員の環境対策をサポート

――倉庫業界としていかにカーボンニュートラルに向き合うかも大きな課題ですね。

久保 日倉協として以前に設定したCO2排出量の削減目標はすでに達成していますが、2050年にカーボンニュートラルを実現するという政府目標に対応した新たな目標設定については、今年度に基本的な取り組み方針を検討することになっています。やや消極的な印象を持たれるかもしれませんが、物流業とりわけ倉庫業は有効な排出量削減策が限られており、倉庫内にLED照明を使うか、倉庫の屋根に太陽光発電パネルを敷設するくらいしかありません。もちろん、荷主企業などの最先端の物流拠点ではゼロカーボンを実現しているところもありますが、非常にコストがかかっており、現状では物流業としてペイできる水準ではありません。むしろ、お客様のサプライチェーン全体で発生するCO2を削減するお手伝いをしていくことが、物流の結節点をあずかる倉庫事業者としての貢献の道ではないかとも考えています。

他方、近年は国交省だけに限らず、各省庁や自治体からも各種支援制度が打ち出されており、そうした情報を適宜、会員各社にお伝えすることも日倉協としての重要な役割です。カーボンニュートラルの関係では、先立って再生可能エネルギーの利用促進に向けて、各自治体が「促進区域」を設定できることになり、促進区域内であれば建築基準法の高さ制限などに縛られず太陽光発電パネルを設置できるようになりました。こうした情報の発信にも力を入れていくことで、会員各社の環境対策の後押しができればと考えています。

教育・研修は〝ど真ん中〟の事業

――情報発信とも関連しますが、教育・研修事業についてのお考えをお聞かせください。

久保 日倉協にはコアとなる活動は色々とありますが、教育・研修はまさにど真ん中にある事業だと思っています。2500社におよぶ会員会社の9割以上が中小事業者であり、彼らが社員の教育研修をすべて自前で行うことは負担が大き過ぎます。つまり、中小の会員にとって教育・研修事業は日倉協の存在意義そのものだと言っても過言ではないわけです。

そうした基本認識のもとで、今年度も各種セミナーや研修を実施しており、メニューも年々充実させています。集合研修では今年度は18のプログラムで計121回の開催を計画しており、計画通りとなれば過去最高の回数となります。また、eラーニングの講座数も増えています。

――近年、物流不動産の存在感が増していますが、倉庫事業者と物流不動産との関係のあり方についてはどのように考えていますか。

久保 我々倉庫事業者は物流施設を提供するという側面はあるものの、基本はオペレーターであり、「器」というよりは「機能」を売っています。ですから、物流不動産施設という器を上手に利用させていただくということに尽きるだろうと考えています。事業面でバッティングする面もありますが、彼らが提供する魅力的な物流施設という器を、物流オペレーターという立場でうまく使わせていただく――当面はそういう関係性が成り立ち得ると思っています。

倉庫には有益な経営指標が詰まっている

――久保会長はトヨタ自動車で物流を担当し、その後エアカーゴ業界から倉庫会社に転身されるというユニークな経歴をお持ちです。そうした会長から見た「倉庫業」とは?
久保 私は、大袈裟かもしれませんが「物流の王様は倉庫だ」と思っています。これは物流にヒエラルキーがあるという意味ではなく、倉庫には物流における「保管」のみならず〝王様〟と呼べるだけの様々な「機能」があるという意味です。これは倉庫会社に来てから急に思いついたわけではなく、トヨタ自動車にいた頃からずっと言い続けていることです。トヨタ生産方式(トヨタ物流方式)はよく「在庫をゼロにするための取り組み」だと誤解されますが、実際はそうではなく、〝べき論〟としての理論値をベースにして在庫を適正化していく取り組みです。もちろん理想と現実は違うので、一定の余裕代(よゆうしろ)を持たせることになりますが、在庫がその幅の中におさまっている時は正常に動いている証拠ですし、それを下回れば何かしらの異常が起きていると判断します。在庫というものをしっかり見ていれば、そこに必ず課題が見えてくる、数値に中に様々な有益な情報が詰まっているということです。つまり、倉庫という機能はサプライチェーンの結節点としてお客様に重要な経営指標を提供し得るポテンシャルを持っているということでもあります。倉庫機能をベースに様々な附帯機能を実装していければ、倉庫事業者はもっと多方面で活躍できる可能性があると確信しています。

久保 高伸(くぼ・たかのぶ) 1982年慶大法卒、同年トヨタ自動車入社。生産部品物流部部長、車両物流部部長などを経て2015年6月三井倉庫エクスプレス代表取締役社長、21年4月三井倉庫代表取締役社長(現職)。22年6月日本倉庫協会会長に就任。1958年生まれ、愛知県出身。
(2022年11月24日号)


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